日々是好日

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二足目のわらじをはくために。社会人生活の学びと副業の記録です。最終ゴールは脱サラ。。かなぁ

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社会人生活の学びと副業の記録です。最終ゴールは脱サラ。。かなぁ

職場の教育におけるパワハラの連鎖について

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ニュース等で、「幼少期に虐待を受けて育った人は、自分の子供にも同じようなことをしてしまう」という報道がされますが、「それって本当なんだろうか」と常に思っていました。

 

僕なんかは独り身ですし、子供がいるわけでもないのですが、上司とのつながりで「教育とはなんぞや」ということについて、よく考えるようになりました。この記事はその中の気づきを展開したいと思います。

 

 「教育するのになんで怒鳴る必要があるんだろうか」と、ふと思うのです。普通に淡々と「やってしまったことの過ち」と「事実」を伝えればいいだけ何じゃないでしょうか。

 

上司は言います。「お前のためを思って」(一部には憂さ晴らしとして叱責する人もいるらしいですが)。さて、そこで、一つ引っかかったつぶやきがありました。

 この「他者をコントロールする」という点が引っかかりました。上司は、部下の成長を願っているのでしょうか。それとも自分のいいように使いたいだけなのでしょうか。

 

 

おそらく、これは両方なんだと思うのです。というのも、「上司は自分のやっていることが正しい」と思っているので、「自分のやりたい方向に部下が動くようになる」=「部下が成長している」と感じているのではないでしょうか。

 

 

上司といえども、下積みの時代はあったでしょう。おそらく、上司も同様の教育を受けてるはずなのです。なぜなら「自分がこうやって育てられてきた」「あの叱責があったからこそ、今の自分がある」という成功体験を 再現しようとしているからですね。

 

 

 初めの話に戻ります。「幼少期に虐待を受けて育った人は、自分の子供にも同じようなことをしてしまう」ということについて、おそらく、「育て方がわからない」ので、自分の経験値から、同様の虐待という手段をとってしまうのではないかと思うのです。

 

 

もちろん、初めのうちはそんなことはなく、「自分はこういう仕打ちを受けたから、絶対に同じ仕打ちはしないようにしよう」と頑張るのでしょう。しかし、人の教育なんてものは一朝一夕ではうまくいかないので、最終的に自分の経験値に頼ってしまう=暴力に頼ってしまう。ということなのかなと。試行錯誤の上どうにも手がなくて、思考停止状態になり、手が出てしまう。ということ。

 

 

それも教育方針のうちの一つでしょう。完全に否定をするつもりはありません。僕自身、それで変わることができた部分もあります。しかしながら、「日曜の午後から頭痛が始まったりする状況が発生した」ことを考えると、どうなんでしょうか。

 

 

どこぞの外資企業とかに行けば「何を甘えたことを」といわれるのかもしれません。それでも、一人の人間の精神が破綻するようなやり方を教育としてとらえていいのでしょうか。

 

 といった、社会人の教育に関する疑問でした。